糸井重里『ボールのようなことば。』はなぜ「疲れた日の一冊」に選ばれるのか

こんにちは!339PLANNING広報ライター・りこです。
「本をちゃんと読まなきゃ、という気持ちで本棚を眺めていたら、結局どれも手に取れなかった」——そんな経験はありませんか?
本記事では、忙しい日常の中でも手に取りやすい本の使い方と、糸井重里さんの『ボールのようなことば。』という一冊を、339PLANNINGのポッドキャストをもとに紹介します。

■ 『ボールのようなことば。』とはどんな本か

糸井重里さんは、コピーライターとして知られるほか、ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」の主宰としても多くの読者に親しまれています。毎日更新されるコラム『今日のダーリン』は、長年にわたって読み継がれているコンテンツです。
『ボールのようなことば。』は、そのコラムの膨大なアーカイブから厳選されたことばをまとめた文庫です。コンセプトは「若い世代に、キャッチボールのボールのように手渡したいことば」。シリーズとして複数冊刊行されており、各巻どこから読んでも成立する構成になっています。
・一ページに一つのことば
・章立て・目次なし
・日常の言葉で書かれた、短いことばが中心
難解な概念や専門用語はありません。「読書に慣れていない」「まとまった時間が取れない」という方でも手に取りやすい一冊です。

■ なぜ「疲れた日」に選ばれるのか

339PLANNINGのこんちゃんは、外出時に紙の本を2、3冊鞄に入れて持ち歩くそうです。ビジネス書・エッセイ・詩集など、ジャンルが重ならないように選んで。
その中でこの本が取り出されるのは、「仕事のドタバタが続いて、ふと一人の時間が欲しくなったとき」だと話していました。
「今日はこれを読む日だ」ではなく、「今日はこれが必要な日だ」と感じて選ぶ本。そういう一冊が手元にあることは、長く仕事を続けていく上で意外と大切なことかもしれません。

■ 「日常の言葉」が暮らしに浸透する理由

こんちゃんが糸井さんの言葉を好む理由として挙げていたのが、「日常の言葉で書かれているから、暮らしの中にするっと入ってくる」という点です。
たとえば本の中には、「わかりません」と言えることの難しさについて書かれたことばがあります。知ったかぶりをしてしまう自分、わかったような気になっている自分への問いかけ。難しい言葉は一切使われていません。でも、仕事をしていれば誰でも一度は感じる感覚を、そのまま言葉にしています。
ポッドキャストの中でこんちゃんが実際にこのくだりを朗読しているのですが、テキストで読むのとはまた違う入り方をします。誰かの声に乗ることで、するっと自分の中に落ちてくる感覚があります。
また、「うしろ姿をいいなと思えたなら、それは好きだということ」というくだりも紹介されていました。うしろ姿に向ける視線は相手からの返事を求めていない、だから純粋に「好き」なのだという考え方です。
こんちゃんはこういう言葉たちを「なんてことないのに、ハッとさせられる」と話していました。学ぶための読書ではなく、自分の言葉に落とし込むための読書。そういう使い方のできる本です。

■ こんな人に向いている一冊

・読書をしたいけれど、まとまった時間が取れない
・ビジネス書ばかりで、気持ちが息切れしている
・「ちゃんと読まなきゃ」というプレッシャーなしに本と付き合いたい
・日常の言葉で書かれた、短いコンテンツが好き
こんちゃんはポッドキャストの中で「本ってもっと自由でいいと思っていて。途中から読んでもいいし、後ろから読んでもいい」と話しています。どこから読んでも成立するこの本は、まさにその読み方が似合います。

■ まとめ:「疲れた日の一冊」を持つことの意味

糸井重里『ボールのようなことば。』は、何かを学ぶための本ではありません。日常の言葉で書かれたことばを、気が向いたときにパッと開いて読む。そういう使い方のできる一冊です。
・「ほぼ日」の膨大なアーカイブから厳選されたことばが収録されている
・一ページ一つのことば。どこから読んでもよい
・疲れた日や、ひとりの時間が欲しいときに手に取りやすい
・「学ぶ」よりも「自分の言葉に落とし込む」ための読書に向いている
手元に置いておくだけで、何かが変わる本があります。この一冊が、そういう存在になるかもしれません。
この記事に関連するポッドキャストエピソード
「こんちゃんの本棚からひとつかみ」第6回で、糸井重里『ボールのようなことば。』についてより深く話しています。